杉本ナージョン様(ナンジ様)に頂いたレイ小説/2003.11.

罪人


ファイターの興奮した声が、青い空と海を揺らす。
勝者たちの、喜びの騒ぎが響く。
歓声が、遠く離れた、彼らが走り抜けたコースに這いつくばっている自分。

誰よりも強かった。誰よりも強い自分でいたかった。

そんな自分が、自分の手で粉々にした『モノ』を、拾い集めている。

時折吹く風に、長く伸ばした髪がさらわれる。
小さな欠片が風で飛ばされないように、そっと、体の向きを風上に変えた。
そのとき、初めて気がつく。
「レイ…」
裏切り者の…裏切り者と罵った、弱い少年。
彼も、ぼろぼろになった愛機を、ハンカチに包んで持っていた。
自分が、はっきりとした悪意を持って、破壊したあの明るい紫色のマシンを、大切そうにそっと抱えていた。
大神研究所では、決して与えられることのなかった、魚の絵と、アイロンの跡がきっちりついた、カラフルなハンカチ。それの裾が、風にはためく。

それ以上、上を見ることができなかった。

「なんだ」
努めて、そっけなく、無表情に言う
そんなに、オレの惨めな姿をみるのが楽しいか
オレに、マシンを壊された怒りをぶつけにきたか
勝負に敗北した、このオレに…

コツコツと、小さな振動が、コースに這いつくばった自分に響く。
こないでくれ。
ほうっておいて欲しいんだ。
口に出して言うことのできない、自分のプライドがもどかしい。
地面に固定した視界の上に、白いブーツの先が入る。

そして、スッと、彼の手が、自分の目の前の世界に飛び込んだ。
「向こうに、落ちてた。」
彼が広げた手の中には、レイスティンガーの凶器が、居心地が悪そうに、ひっそりと乗っていた。
彼の心と、大切なものを傷つけた、その針。
その瞬間の、彼の悲しそうな、傷ついた表情が、針の中に映っている気がして、ドキリとする。
思わず顔を上げると、今まで自分に向けられることはなかった、穏やかな顔をしていた。
「…マメな奴だな」
いつものように、口の端を吊り上げ、冷たい微笑を浮かべてみせ、ひったくるように取り上げる。

自分の表情のように冷たいはずのZMCの欠片が、冷えた指先に、確かな暖かさを伝えてくる。

暖かい…

彼は、そんな自分に臆することもなく、武器だったものを握り締めていたその手を、緑色のバンダナの結び目に絡ませる。
何の苦もなく解かれたそれは、軽く風に泳ぐ。ふわふわと、頼りなげに。
また、その手が、ためらいもなく自分の前に差し出された。
「使って。…部品が飛んじゃうよ。」
当たり前のように、なんともないように、彼の唇がそう紡ぐ。

その緑の旗は、暖かい武器は
彼の優しさだ。

「どうして…」
オレは、お前のマシンを破壊したんだ
「どうして…」
オレは、お前を侮辱したんだ
「どうして、お前は、オレに優しくするんだ!!」
オレは、お前に優しくすることなんて出来ないんだ

それなのに彼は、あの勝者たちが忌み嫌う針を拾い、敵である自分に渡し、綺麗なバンダナまで差し出す。

「どうして、お前は、オレを恨まないんだ!!」
彼は、マシンが壊されたときも、今にも泣き出しそうな顔をしながら、悲しそうな視線を向けるだけだった。
他の奴らは、まっすぐに、自分に怒りをぶつけてくるのに、彼から、非難する視線や、怒りの言葉は浴びることはなかった。

「答えろ…ッ!!」
喉から搾り出すような声で、そう叫ぶ。
彼は、その声に動じることなく、はっきりと言い放った。

「レイを恨むのは、自分を許すのと同じだから」

その瞬間、空を裂くような、激しい風が辺りを襲う。
黄金色の髪を風に泳がせ、太陽の光を受けながら、堂々と立つ彼。

「僕も、みんなの大切なもの、壊した。いっぱい。みんなの大切なもの、沢山奪ってしまった。僕は、いけないことをしちゃったんだ。
そのことを、忘れたくないんだ。間違ってた僕と、僕がしてしまったことを許してしまうのは嫌なんだ。」
そういうと、艶やかに微笑んでみせた
「みんなは、許してくれるって、昔のことは忘れろって、言ってくれるけどね。」
バンダナのない彼の髪が、褐色の頬を縁取り、彼の微笑を飾る。

二本の足で、しっかり大地を踏みしめ、いっぱいの光を浴びて立つ姿は、恐ろしいほど気高く見えた。

「だけど、僕は、絶対忘れない。絶対自分を許したりなんかしない。」

裏切り者だった 敗者だった 弱虫だった
  そんな彼が、はっきりと、何の迷いもない声色で言い切った。

「だから、レイを恨んだりなんかしない。自分のしたことを棚に上げて、レイを責めるなんて、おかしいでしょ?」

優しくそうつぶやく彼は、とても美しかった。

どうして
同じ暗闇の中にいたはずが、彼はこんなに明るく、高貴な微笑を浮かべるのか。
全てを破壊する氷の刃をも、暖めてしまうのか。

白いズボンのポケットから、飾りっけのまったくない、皺は目立たないが、アイロンの跡もまったくない物を取り出す。

彼の優しさを受け取ることは、プライドが許してくれなかった。

手早く、レイスティンガーを包み、立ち上がる。
そのとき、また、あの小さな武器が、硬い音を立てて転がる。

屈みこんで拾おうとするJより早く、自分で拾う。
そして、ソレを、空たかく放り投げた。

「あ…」
驚いたように小さく声を上げる彼に背を向け、足を早めて歩く。
かすかに、ぽちゃんと水音がしたような気がした。

時に思う 「本当の強さ」 の意味
それを、見てしまった気がした。

本当に強いのは、全てを破壊する自分らでもなく、勝者たちでもなく、結局、表彰台に立つことも、一度もチェッカーフラッグを振られることもなかった、あいつなのかもしれない。

一瞬、そう思うが、慌てて頭を小さく振った

オレは、まだまだ強くなってみせる。

誰の手も借りることなく、一人で、最強のマシンを…


もう、振り返らない。

罪を忘れない彼と、過去を振り返ることはしない自分。
それでいい。

例え、同じ罪人だとしても。



フレメで仲良くして頂いてる杉本さん(今はPNナンジさんになってますが…この小説頂いた時には杉本さんだったので)から頂いたものです!
自分の中で何らかの区切りを付けて歩きはじめる一歩手前のレイさんのお話。

レイさんを語るには、このSGJCのラストは外せないですね!
初めてレースに負けたレイさん。ここからはどうするのか、どうなるのか、どうしたいのか。
レイさんの心の迷いが丁寧に描かれていて、読んでてとても切なくなりました…

そして、J。彼に対する描写の端々に杉本さんのJに対する愛情が感じられるのですv
アニメではJは「優しさ」と言うのが表に強く出ていた気がします。
けれど杉本さんの書かれたこのJは優しさだけじゃない、強さも持っていて、私には新鮮でした。

素敵な小説をありがとうございましたv



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