A RAINY DAY



 静かな雨音が、眠りの国にいた彼の意識をゆっくりと呼び起こした。
(―――…雨、ですね…)
 まだ、はっきりと覚醒していない頭で、ぼんやりと沖田カイは考える。
 いつもの彼だったら、朝、目が覚めたらすぐに起きるのだが、今日は例外だった。彼は昨日から風邪をひいて熱があったため、今日は学校を休む事にしたのだ。
 欠席届は、昨日、早退する時に届けてある。
 熱のせいで体中がだるいため、起き上がるのも面倒臭い。
(……まぁ、今日ぐらいは、のんびりしましょうか……)
 心の中でつぶやいて、彼は朝寝を決め込むことにした。
(邪魔も……入らないでしょう……)
 ふと、思い浮かんだ人物の顔を打ち消して、カイは目を閉じ、再び眠りについた。

 二度目の覚醒は、すぐに訪れた。
 朝の風景にありがちな、まな板の上で何かを切る包丁の音と、ヤカンで湯を沸かす音。
 ごく一般の家庭でならば、おかしいものでは無いだろう。しかし、ここは実家では無く、学校の寮の、自分一人が住んでいる部屋だと思い当たり、カイははっきりと目を覚ました。
 ここでそういう音を聞くのは、ありえない事なのである。
 カイがだるい体をベッドの上に起こした時、聞きなれた声が彼を呼ぶのが聞こえた。
「カーイー?起きてるか?」
 声と同時に部屋の扉が開いて、一人の人物が顔を覗かせた。
 その人物を見て、カイは心底驚いた表情をする。
「―――レイ?……どうして、ここに居るんですか?」
 カイがベッドの上に起き上がっているのを見て、彼―――土方レイは、言葉を続ける。
「おかゆを作ったが、食べられるか?」
 カイの質問は、まったく無視されている。
 レイは大股でベッドまで歩み寄ると、カイの顔を覗き込んだ。
「顔色がまだ少し悪いな」
 独り言のようにつぶやきながら、レイはカイの額に手をあてる。
「熱も…まだある。まだ、もう少し寝とくか?」
「レイ」
「何だ?」
 自分の顔を覗き込むレイの顔を真っ直ぐに見つめて、カイは、もう一度聞く。
「どうして、ここに居るんですか?」
 かなり不機嫌そうな声である。
 だが、レイはそんなことを少しも気に留めずに、あっさりと答えた。
「見舞だ」
 当然だとでも言いたげな調子で言うと、レイはベッドの端に腰を降ろす。
「学校は、どうしたんです?」
「休んだ」
「は……?」
 カイは一瞬、自分の耳を疑う。
「どうして、そんな事を…」
 わけがわからない、といった表情でいるカイを見て、レイは珍しく微笑む。
「わからないか?」
「わかるはず、ないじゃないですか」
「そうか」
 レイは腕を伸ばして、カイの体を抱き寄せると、その額にキスをした。
「な、何するんですかっ」
 カイは抗議の声を上げたものの、熱の為に身体に力が入らず、何も出来ない。
「…まだ、わからない……か」
「え?」
「まぁ、いいだろう」
 腕の中で自分を見上げている少年の額に、もう一度口付けを落として、レイはベッドから立ち上がった。
「カイ、そのままそこで寝ていろ。おかゆを持って来てやる」
 優しいが、少しからかいを含んだ言葉に、カイは少し不満気な表情をして見せたが、何も言わなかった。
 ベッドから立ち上がるほどには、まだ体力は回復していなかったからである。

「熱いから、気をつけろよ」
 湯気の立つおかゆを匙ですくいながら、レイはカイに声をかける。
 十分に冷まされたおかゆの乗った匙を口の前に差し出されて、カイは怒りを込めた表情でレイをにらんだ。
「何だ?食べないのか?」
 問いかけてくるレイに、カイは極力感情を押さえた声で応じる。
「レイ…僕を馬鹿にしてませんか……?」
「何でだ?」
「自分で、食べるぐらい、出来ます」
「ほう。それは感心だ」
 レイはわざとらしく驚いた表情をして見せる。明らかにからかわれていると感じたカイは、思わず声を荒げる。
「子供あつかいしないで下さいっ!」
 怒り声を上げたカイを見て、レイは堪えきれなくなったように笑い出した。
「何がおかしいんですかっ?!」
「いや……」
 くっくっと肩を震わせながら、レイは言葉を続ける。
「お前が、あまりにも、かわいいもんだから……」
「何ですって?!」
 レイの言葉は、カイの怒りの炎に更に油をそそいだようである。
「人を馬鹿にするのは、やめてくださいって、いつも言ってるでしょう?!だいたい、レイは―――」
 怒って反論を始めたカイの言葉が途中で途切れる。
 レイの唇が、カイの唇をふさいでいた。
「―――!」
 開いたままの口に、レイの舌がすべり込んで来て、カイは身を震わせる。
 大人しくなったカイの身体を抱き寄せて、しばらく口付けを交わした後、レイはゆっくりとカイを解放した。
「…落ちついたか?」
 解放されたカイの方はといえば、すっかり黙り込んでしまって、真っ赤な顔で荒い呼吸を繰り返している。
 それをみて、レイは少し驚いたような表情をした。
「カイ……お前、妙に顔が赤いぞ?」
「……熱が、あるんですから……当たり……まえ、でしょう」
 荒い呼吸を整えながら、それでも律儀に、途切れ途切れにカイ答える。
 レイは手を伸ばして、カイの頬にそっと触れた。掌からカイの熱い体温が伝わって来る。確かに先程よりも熱が上がっているようだった。
 ゆっくりと頬をなでてやると、カイは心地が良いのか、大人しく目を閉じてじっとしている。
 こんなに大人しいカイも珍しい、とレイは思う。熱のため、自分がどんな状態なのか考える気力も無いのだろう。
 ―――もっとも、カイがこんな状態におちいった一因は、レイにもあるのだが。
「カイ?」
 少しだけ、からかい過ぎたかと反省しながら、レイは空いてる方の手をカイの肩に回し、囁くように相手の名前を呼ぶ。
「……」
 返答は無かった。
 カイは、いつの間にかレイの腕に寄りかかったまま、小さな寝息を立てていた。
(……まったく……)
 レイは心の中で苦笑しながら、カイをそっとベッドに寝かしつけた。
 無防備な表情で眠るカイの頬を指先でなでながら、レイは微笑む。
「まだまだ子供だよ、お前は……人の気も知らないで……」
 呟いて、レイは手を止め、目を細める。
「何も知らない、気付かない、子供だ…」
 身を屈めて、カイの額に優しく口づける。
「……おやすみ」
 レイは立ちあがるとゆっくり部屋から出て行った。
 静かな雨音だけが、子守唄のようにいつまでも聞こえていた。



 終。






「TRACK DOWN」の続きと思って書きました。これも1997年頃の作。部分的に手直し入れてます。
レイさんがカイに構って欲しい、気持ちに気付いて欲しいって様子が、ありありと…見て取れるような取れないような。挙句の果てに押しかけ妻。でも、病人の熱が上がるような事は、しちゃいけませんてば(笑)。
この話では、カイとかレイさんとか寮生活してるつもりで書いてますが、大神学園の寮ってどうなってるんでしょうか…カイとか特待生ぽいので一人部屋かな、と思いますが。でも普通、小学4年生にキッチン付きの一人部屋とかありえないよね…。賄いさんとか、食堂とかありそうに思いますが。

2005.4. 七霧真維夢 拝




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