TRACK DOWN



 昼休みの小学校と言うものは、活気にあふれている。
 退屈な授業から解放された児童達が、ここぞとばかりに遊び、騒ぐ。
 大神学園も例外では無かった。
 児童達であふれかえる廊下を、土方レイはゆっくりと歩いていた。
 長く伸ばされた黒髪は腰の辺りで切りそろえられ、形の良い唇には赤い口紅がひかれている。元々、整った顔立ちだけに、その髪と口紅は彼の容貌に冷たい感じを与えていた。
 彼とすれ違う児童は、一瞬、彼の姿に目を奪われるが、遠巻きに眺めるだけでそれ以上のことはしようとはしない。「触らぬ神に祟り無し」と言う言葉を彼らはよく知っていた。
 そのレイは目下の所、自分より二学年年下の少年を探していた。
 別に用事があるという訳ではないが、暇があれば彼は必ずその少年と一緒に居ることにしていた。そうすることに、レイは何の疑問も抱いて無かったし、むしろ当たり前のことと考えていた。
 四年生の教室を覗いてみたが、目当ての少年の姿は無かった。
 レイは少し意外に思ったが、すぐに心当たりの場所を思い出して、きびすを返して歩き出した。

 滅多に使われることのない来賓室や教育相談室の並びに、理事長室はあった。
 理事長室、とは言ってもその部屋の主はほとんどその部屋に居ることはない。
 他に誰も居ない理事長室の中で、沖田カイは、ぼんやりと窓の外を眺めていた。窓からは、綺麗に整備された校門に続く並木道が見える。
 窓ガラスにカイは軽く額を押し付ける。
 ひんやりとした感触がとても心地良い。
 彼は朝から少し熱があった。昨夜、風呂あがりに少しだけのつもりでパソコンをいじっていたら、つい熱中してしまって、三時間も過ぎていたのだ。
(少し……無茶をしてしまいましたね……)
 心の中でカイは苦笑する。
 その時、彼の背後で扉の開く音がした。
「カイ」
 自分を呼ぶ声に、カイはゆっくりと振り返る。
 視線の先には、彼が予想した通りの人物が立っていた。
「……何か用ですか。レイ」
「『何か用』とは、ご挨拶だな」
 少し肩をすくめて、レイは苦笑してみせた。
「お前をずっと探していた人間に対して、それはないだろう?」
「探してくれとは、誰も言ってません」
 隣に立ったレイを見上げながら、カイはそっけなく答える。
 カイは小学四年生にしてはかなり小さい方で、小学六年生でも大きい方の例と並ぶと、せいぜい胸の辺りまでの身長しかなかった。だから並んで立つとどうしてもレイを見上げる形になってしまう。それがなんとなく、カイには悔しかった。
 そんなカイの気持ちを知っててか、レイはわざと手をカイの頭に置いて、小さい子にする様になでてやる。
「やめてください」
 不満気な顔をして、レイの側から離れたカイの様子に、レイは「おや?」と云う表情をした。
 いつもならば「バカにした」と怒り出すのに、今日に限って大人しく、自分から離れてしまったのだから。
「……」
 カイの頭をなでた手を見やって、レイは少し考え込んだ。
「カイ」
「何です」
「お前……どっか具合悪いのか?」
 レイの言葉にカイは思わず目を見開く。
 と同時に、自分が風邪をひいてる事をレイに知られてはいけない、と思った。
 それは弱みを見せたくないと言う子供らしい意地と、知られたら何を言われるか、何をされるか分からないという防衛本能から来た思いだった。
「そんなこと、ありません」
 カイの答えに、レイは目を細めて薄く微笑んだ。
「そうか……?」
 言いながらレイはゆっくりとカイの側に近寄る。
 カイは一瞬、追いつめられた猫のような気分になって、身を硬くする。
 もしかして、すべて知られているのではないかと思ってしまう。
「……何ですか、レイ?」
 レイは少しかがみ込んで、片腕をカイの肩に回したかと思うと、いきなりカイの体を抱き上げた。
「―――っ!!」
 これにはさすがのカイも動揺して言葉を失う。
 レイの行動の真意がつかめない。
 そんなカイにレイは意地悪く笑って見せる。
「お前は、小さいから、本当に軽いな」
「なっ……!!」
 明らかにからかった調子の言葉に、カイは我に返って怒り出した。
「何するんですかっ!降ろしてくださいっ!!」
「こら、暴れるな」
 何とかしてレイの腕の中から逃れようとるすカイを、レイは理事長の机の上に降ろした。
 どっしりとした大きな机の端にカイが腰掛けて座ると、目線が丁度、レイと同じぐらいの高さになる。
 目の前にレイの顔があった。
 カイは慣れない目線の高さに少しとまどう。
「レイ……何ですか?」
 そんなカイの様子を、レイは面白そうに見ながら微笑んだ。
「ちょっと、確かめたいことがあって、な」
「確かめたいこと……?」
 聞き返すカイの肩に手を置いたかと思うと、レイはカイの唇に自分の唇を重ねる。
「―――っ?!」
 驚いてカイは身をよじる。が、机の上に腰掛けている為、足が地面に届いておらず、どうする事も出来ない。それでもとにかく唇は離れた。
「いきなり何するんですか?!」
「別に」
 言いながらレイは再びカイにキスをする。
「んっ……」
 抵抗しようとしたが、今度はしっかりと肩を抱きしめられている為、身動きが取れない。
 口の中にするりとレイの舌が入って来たのを感じた時、カイは目を見開いた。
 ある事に気が付いたのだ。
 あわてて全力でレイの唇から逃れる。
「……っ、レイっ……やめてくださいっ」
「どうしてだ?」
 カイの反応を面白がるかのように、レイは腕の中の少年になおも口づけようとする。
 それをなんとかかわしながら、カイは叫ぶように声をあげた。
「風邪が、うつりますっ」
 言った後で、カイは「しまった」という表情になる。
 レイが満足そうな、しかし意地の悪い笑顔で彼を見ていた。
「……図りましたね」
 ふてくされた表情で自分を見つめる少年の額にキスして、レイはすました顔で答える。
「確かめたいことがある、と言っただろう?こうでもしないと、お前は本当のことを言わないからな」
「―――」
 レイの言葉を聞いて、カイはますますふくれる。
 その様子が余りにも可愛らしくて、レイは微笑む。滅多に他人に見せることのない柔らかい、優しい微笑みだった。
「カイ、今日はもう帰れ」
「―――嫌です」
 意地を張る子供ほどあつかい難いものはない。今のカイがそれだった。
 だが、レイは、そんな子供のあつかいには慣れていた。
「じゃあ、仕方がないな」
 言いながらレイは、片腕はカイの肩に回したまま、もう片方の腕をカイの両膝の下に差し入れ、そのままひょいっとカイの小さな体を抱き上げる。俗に言う「お姫様だっこ」である。
「このまま、寮につれ帰ってやる」
「このまま……って、ちょっと、レイっ!」
 カイはあせって声をあげる。言うまでもなく、それはかなり恥ずかしい行為である。
「やめてくださいっ!」
「と、言われても、お前は歩いて帰る気はないんだろう?」
 レイはわざととぼけた答えをして、カイを抱いたまま扉の方に歩きはじめる。
「レイっ!」
 カイは自分の負けを悟った。
「帰ります!だから、降ろしてくださいっ!!」
 その言葉を聞いて、レイはようやく腕の中の少年をゆっくりと降ろしてやる。
 再びレイを見上げる目線の高さに戻ったカイは、悔しそうな表情で唇を噛む。
 またしても、レイに負けてしまったのだ。
「カイ、ちゃんと帰るんだぞ」
「……わかっています」
 おかしそうに笑うレイに、不機嫌な瞳を向けてから、カイは扉の方に歩き出す。
 これ以上、レイと一緒に居て、からかわれるのはごめんだった。
 そんなカイに、レイが思い出したように声をかけた。
「カイ」
「……何ですか?」
 すでにカイは扉を開けて外に出ようとしていた。
「忘れ物だ」
「え?」
 思いがけない言葉に、カイは思わず振り返る。
 一瞬だけ無防備になったカイに、レイは素早く口付けをする。
「レイっ!」
 顔を真っ赤にして抗議の声を上げる会を残し、レイは笑いながら足早に立ち去って行った。
 昼休みが残り5分を告げるチャイムが、鳴り始めていた。



 終。





1997年頃に書いたレイカイ小説でした。今回、部分的に改訂してます。
私の記憶が正しければ、当時の友人だった方の所にゲストで書いたものだったかと。エロやおい好きだった方でしたが…私にはここまでが精一杯でした。エロなくて、ひたすら申し訳ない小説でした。
今ではカイレイ好きになってますが、この小説には私の嗜好が強く出てる気が致します。片方が机の上に座ってるとか。腕の中に捕まえるとか。お姫様抱っことか。残念ながら、カイレイでは出来そうに無い事ばかりですが。

2005.4. 七霧真維夢 拝




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