天からの想い
色とりどりの短冊が、笹の葉と一緒にさらさらと揺れている。
笹に短冊をくくりつけながら、宵奈は、誓に声をかけた。
「チカー、早く書かないと、チカの短冊を下げる場所、無くなっちゃうわよ?」
「うー…んー……も、もうちょっと待って…」
短冊と筆を前に、誓は難しい顔をして座っていた。
思いつく「願い事」なんて、ひとつしかない。けど、
―――…セイに、会いたい……
なんて、我侭、書ける訳が無い。
ただ少し、地上の星夜の、息子の流星の…二人の横に、自分だけが居ない事が、寂しかっただけ。一緒に居たいな、と思ってしまっただけだ。
「あら、まだ一枚も書けてないじゃない」
自分の短冊を飾り終えて、誓の手元を覗き込んだ宵奈は、困ったように首を傾げる。
「う、うん…」
もうちょっと…と、力なく返事をする誓。
いつになく元気の無い妹の様子に、宵奈はしばらく考え込んで、
「…星夜さん?」
と、誓の大切な人の名前を言った。
「ち、違うのよ!」
顔を真っ赤にして、誓は慌てて立ち上がる。
「だって」
何かを言おうとして、口を開くが、言葉に出来ないままで言い訳のように同じ言葉を繰り返す。
「……だって」
そのまま、誓にしては珍しく、しゅんと肩を落として黙り込む。
「…大切な人に会いたい、って思うのは、別に悪い事じゃないと思うわ…大丈夫よ…」
宵奈は、俯く誓を優しく抱きしめた。
どこからともなく吹いてきた風に、短冊が揺れて、静かな音を立てていた。
「…―――なんてことが、去年はあったわねぇ…」
と、今年も相変わらず色とりどりの短冊を眺めながら、おっとりとした調子で宵奈が言う。
「…ほう」
と、短冊を片手に星夜。
「わ……わー!わー!な、な、な、何、言ってるの宵姉!」
誓は、持ってきたお茶菓子を取り落としそうな勢いで、大慌てで宵奈の口を塞ごうとするが、時既に遅し、満面の笑みの星夜に後ろからガッチリと抱きすくめられる。
「チーカー?」
「ち、違うのよ、違うんだから!」
真っ赤になってよく分からない言い訳をしながら、星夜の腕の中で、じたばたともがく誓。星夜が氏神昇天して来てからは、すっかりお馴染みの光景だ。
結局、去年の7月の翌月、星夜は氏神となって誓のもとに上がって来た。以来、星夜はずっと誓の側に居る。
「それで?今年もまだ短冊書いてないみたいだけど…」
じゃれあう二人を横に見ながら、宵奈がヒラヒラと誓の分の短冊を取り上げる。
「えっと…」
誓は星夜の腕の中で、困ったような表情をした。
―――…リュウに、いつか会えたら…
地上で頑張る息子の顔が、浮かんで、その願いを慌てて打ち消した。
見上げると、星夜も同じ事を考えていたようで、少し複雑な表情で苦笑いをしている。
「…いいの」
誓は呟いて、自分を抱きしめる星夜の腕にぎゅっとしがみつく。
「チカ?」
不思議そうに覗き込む星夜に聞こえるか聞こえないかの小さな小さな声で、誓は呟いた。
「セイが、そばに居るから、いいの」
大好きな人が側に居る。一番の願いは、もう叶っているから。
20120211
以前、咲也さんが、七夕の星夜さんと流星さんのお話を書かれていた時に、ぼんやりと思いついて書きかけていたお話でした。地上で星夜さんと流星さんの二人が短冊を書いてる様子を見て、誓は絶対寂しがるよな…と思って。
5月は星夜さんとの交神月で、後半どたばた(主に誓が)しながらも二人で過ごして、6月には息子の流星さんを育てるのに奮闘して過ごして、そしてその息子も地上に降りて行った、7月のお話です。6月末には、宵奈の旦那様・空良さんが氏神昇天して来て宵奈と一緒に暮らし始めているので、7月8月の時期は、誓は天界で主に一人で過ごしていました。よく考えたら、誓は生前も、氏神昇天してからもほとんど一人で過ごした事が無いので、この時期は生涯で初めての一人暮らしの時期だったのではないでしょうか。地上の星夜さんと流星さんの様子を覗いていたのではないかと思います。
そして、星夜さんがその翌月の8月に氏神昇天して来ています。
…因みに翌年の7月末には、神守家から瀬里さんが、誓と宵奈の間に氏神昇天すると言う出来事が起きています。「私と宵姉の間に上がってくるなんて!…どんな子なのかしら…?」とちょっと誓が瀬里さんに興味を持って、星夜さんがやきもきしていたりしている月でもありました…(笑)。
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