1031年9月


 夢の途中で、目が覚めた。

(…久しぶりに剣の家の夢、見たわねー)

 まだ薄暗い閨の中で、天井を見上げたままの姿勢で大包平は一つ息を吐く。
 懐かしい、生前の家族の夢。その何人かには会おうと思えば、またいつでも会えるけれども…。
 一度目を閉じて開く。先ほどよりも視界がはっきりとする。横を向くと、悦子が小さな寝息をたてながらまだぐっすりと眠っていた。

「………えい」

 指先で軽く頬を突くと、悦子は「むにゃ…」と何事かを呟いて、微笑む。
 つられたように小さく笑って、大包平は悦子の頬や髪をゆっくり撫でる。悦子は「んん…」とくすぐったそうに首を竦めて大包平の手を握りこむと、そのまま、また小さな寝息を立て始めた。
「ふふ…」
 悦子の細い指に自分の指を絡めながら、大包平はしばらく悦子の寝顔を見守っていた。

 半刻ほどそうしていると、傍らの寝息がふと途切れて、悦子の目がゆっくりと開く。うっすらと明るくなって来た閨の中をややぼんやりした様子で見、自分の顔を覗き込んでいた大包平と目が合うと、一、二度瞬いて、

「…おはよう、カネ」

 真っ直ぐに大包平を見つめ返した。

「うん。おはよう、えっちゃん」
 笑顔で返って来た挨拶に、嬉しそうに微笑む悦子だったが、自分の手が大包平の手をしっかり握りこんでる事に気付いて、慌てて手を離した。
「ごめん…もしかして、私がカネの手、握ってたから、起きられなかった?」
「ううん。ちょっと前に起きたけど、まだ起きるには早い時間だったし。えっちゃんの寝顔見て楽しんでたから、大丈夫よー」
「…えっ…」
 上機嫌な様子で返された言葉に、悦子は目を丸くする。
「あの…寝顔……私、何か変な事とか……」
 頬を染めて、しどろもどろになる悦子を、大包平は「えい」と声を上げて抱き寄せた。
「あら、心配しなくても、寝顔…可愛かったわよー?」
「う…」
 耳元で囁かれた言葉に、更に顔を赤くして悦子は俯いてしまった。
 一緒に暮らし始めてそろそろ二月になるが、不意打ちで言われるそういう言葉に悦子は中々慣れない。もう少し気の利いた言葉で返せればいいのに、としょんぼりする度に、大包平に苦笑されている。


「今日は久しぶりに、剣の家の夢を見てねー」

 髪狩りの話をしたせいかしら、と大包平は指で軽く悦子の髪を梳きながら言う。

 昨日、内親王家の討伐隊は、朱点の髪より生み出された化け物”三ツ髪”の討伐に成功した。
 討伐隊長は悦子の妹の楽子だった。討伐隊には大包平と悦子の娘・規子も、楽子の娘の済子も居て、悦子は数日前から地上の討伐の様子を不安そうに見守っていた。
 三ツ髪討伐成功の報がもたらされると、天界の神々は歓びに沸いた。朱点童子打倒に向けてまた一歩、大きく前進したと、昼子主催の祝いの宴が昨晩は催されて。
 ますます激化していく朱点童子との戦いを心配する悦子に、「大丈夫よ」と大包平が久しぶりに自分の生前の髪狩りの武勇伝を語り、それを聞きながら昨晩、床についたのだった。

 悦子は身じろぎして大包平の顔を見上げる。
「…あのね、カネ?あちらのご家族に会いたかったら、いつでも里帰りしていいよ?」
「そうねぇ…」
 大包平は考え込む。娘の規子が天界に居る時に一度里帰りして以来、ご無沙汰ではある。
「…でも、新婚さんだしねー」
 お嫁さん置いて留守にするわけにはいかないでしょ、と言われると、悦子はまた赤くなって、気にしなくていいのに…と小さく口の中で呟きながら俯いた。
「あら、えっちゃんはアタシが居なくてもいいの?」
「そ、そういう意味じゃなくって…」
 慌てて顔を上げる悦子の様子に苦笑しながら、大包平は悦子の髪をくしゃくしゃと撫でる。

「でも、えっちゃんを皆に会わせたいわねー」
 あちらの天界には、男ばかりじゃなくて、可愛いお嫁さん達も居るのよー、と言いかけて、大包平は自分の言葉にはたと目を見開く。

「ああ、そうよ!えっちゃんもアタシと一緒に行けばいいのよね。新婚旅行しましょ。アタシ、皆にえっちゃん自慢しちゃお」

「…えっ?」

「だって、のりちゃんも一度連れてったんだから。子供は良くてお嫁さんはダメなんて事、言わないわよー」
 多分ね、と心の中で付け加えながら、大包平は勢い良く起き上がる。
「そうと決まれば、早速、準備しなくちゃね。牛車の手配とー、お土産とー…そうね、せっかくだから旅行用の新しい装束も揃えましょ。もう秋だから、どんな色柄がいいかしらね…」
 楽しみが一杯ねー、と言いながら着替えを始めた大包平は、起き上がって目を丸くしている悦子を急かす。

「ほら、えっちゃん、のんびりしてる場合じゃないわよ」

 本日も騒々しい、楽しい一日になりそうである。


夏の無配本に追加しようかどうか迷って書きかけだった小話です。結局、地上の内親王家の話を中心に収録することになったので、天界の小話はお蔵入りしていたので、2013年のいい夫婦の日小話で。
以降、内親王家は他家との天界の行き来がかなり自由になって行きます(夕子が地上の事に色々干渉されるよりも、天界で他家の神同士での交流する方がよいと判断した為)。
内親王家の娘達は、氏神として上がった後も色々とネタがあるので少しずつ書いて行ければと思います。

(20131122)

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