1033年6月


 昨晩の恵みの雨のお蔭で、庭の草花は息を吹き返したようだった。
 鋏を手に庭に出た敬子は、瑞々しい緑の葉に目を細め、色鮮やかな花々に微笑む。

 「黄色のお花は、父様の髪の色」

 「緑の葉っぱは、父様の目の色」

 節をつけて歌うように呟きながら、敬子は花を摘み取る。
 敬子は花の中でも特に黄色の花を好む。それは大好きな父神の髪の色だからだ。父のくすんだ金色の髪は光に当たるとキラキラと輝いて、どんな綺麗な絹糸も叶わないと思っている。
 夏の花が咲き誇る庭を一周して摘み集めた花を選り分け、手慣れた様子で綺麗に束ねる。出来上がった花束を右手に持ち、正面、左右と確認して、念のため最後にくるりと一回転。

 「…うん、上出来!」

 ニッコリと笑って、敬子は花束をそのまま縁側に準備していた花瓶に活ける。
 同じようにもう一束作り、残りの花は姉様達の為に水を張った桶に入れておいた。
 通りすがりのイツ花の「あら、綺麗に活けられましたネー」と言う声に「ありがとう」とまた笑って、敬子は廊下を軽い足取りで当主の部屋へと向かった。

 「…母様、お体の具合は如何ですか?」
 部屋を覗き込むと、床の上に起き上がり書状の整理をしていた恭子が、娘の声に顔を上げる。

 「今日は大分いいのよ。昨夜の雨のお蔭かしら…あら、綺麗に活けたわね」
 敬子が手に持った花に恭子は目を細めた。敬子は嬉しそうに頷くと母の側に座り、花瓶の一つを床の脇に寄せてある文机の上に飾る。

 「昨日の雨で、お庭の花がとても綺麗で…どのお花にするか迷っちゃいました」
 「ありがとう。本当に瑞々しくて…」
 花を眺めながら一旦言葉を切り、恭子は花に向かって耳を傾けるような仕草をする。

 「…ああ、そうね……お花も『綺麗に活けてもらって嬉しい。ありがとう』って、言ってるわ」

 「えっ、本当ですか?」
 母親の言葉に敬子は目を丸くする。

 「ふふ…」
 娘の問いには答えずに、恭子は娘が手に持ったままのもう一つの花瓶に目を留めた。
 「もう一つは…父様にね?後で、一緒に野宮に持って行きましょうね」

 母の言葉に、敬子は「いいんですか?」と返事をする。

 内親王家が住まう敷地の一角にある野宮と呼ばれる小さな館は、交神の儀の為に使われる館である。
 野宮の奥の間に天と繋がる場があり、そこから内親王家の娘達は交神相手の神の神域に招き入れられる。又、子の親となった神は、己の子が地上に来訪して二月の間は子に会う事が許されている為、神々が地上に来訪する時に通る場でもある。
 一族が奥の間から天界へ行けるのは交神の儀の時だけと定められていたが、野宮の祭壇の前までは誰でも入る事が出来る。いつの頃からかその祭壇に親神への捧げものを置くと、親神の元へと届くようになっていた。
 今月は恭子の妹分の専子が交神の儀に臨んでいるため、専子が戻るまで奥の間は閉ざされている。交神月の間は、野宮には出来るだけ近付かない事が一族の暗黙の了解になっていた。

 不安そうな顔をする娘の頭を軽く撫でて、恭子は微笑んだ。

 「奥の間に近づかないようにすれば大丈夫よ。…イツ花にお願いして、お花だけでも置いて来ましょ?せっかく敬子が綺麗に活けたんですもの、常さんにも見せてあげないとね」

 「はい!」
 顔を輝かせて母の言葉に返事をした後、敬子は気づいたように尋ねる。
 「…あの、父様にお手紙を書いてもいいですか?」
 「あら、それはいい考えね。常さんきっと喜ぶわ」
 恭子は嬉しそうに頷いた。


20130630

恭子と敬子母娘。ブログにアップしていたものに少し手を加えたものです。
父の日合わせにしようかと思ってたのに間に合わなかった小話でした…。

あの辺りの時代で6月と言うと夏の終わりになるのですが、その辺はあまり考えずに…平安時間と現代時間のずれが毎回悩ましいです。毎回国語便覧片手に、大幅にずれないように唸っています。イツ花が12月に「初雪が降りました!」って言うのはちょっと遅いんじゃ無いかと思う中の人でした。

野宮の奥の間は、一族は神様から招かれないと天界に行けない作りになっています。子の養育期間の親神ならば、天界側から来るのは割と自由です。
交神月は、神聖な儀式の最中と言うことで一応奥の間の扉は閉じられていて、毎朝イツ花が祭壇に交神の儀の成功を祈るお供え物とかしています。交神月と子の養育期間が重なった時は「扉はちゃんと後閉めておいて下さいネ」とイツ花が神様に言っています。その程度です(苦笑)。
決まりごとが多いけど、基本緩いのが内親王家。。

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