浮き足立つ心

一月の終わり頃から、紅史は生徒会の仕事を適当に切り上げることをしなくなった。
 敦将はようやく心を入れ替えたか、と、安心していたが、カレンダーを見て、考え直した。
「もうすぐバレンタインデーがあるからだな・・・・・・」
 敦将はがっくりと肩を落とした。
 世間の雰囲気がバレンタインで盛り上がっていくにつれ、紅史の仕事に対する真剣さが高まり、驚くほど効率よく処理されていく。
 敦将としては、普段からそうしてくれと思う。
「まあ、仕事をしっかりこなしてくれるなら、不純な動機であろうと俺は構わないけどな」
 恋人である百歌素那と迎える最初のバレンタインだから、当日の十四日は、紅史はすぐに素那の元へ駆けつけたいのだろう。
 敦将は紅史の態度に呆れつつ、自分の仕事をこなしていった。


 いつもの紅史は今日やれることは今日やり、明日やれることは明日やるという気持ちで、生徒会の仕事をこなしていた。
 逆に敦将は明日でよくとも、今日中にやれるならやってしまおうという気持ちで仕事をしていた。
 周囲の者達からは、紅史は気楽で、敦将は神経質だと言われている。
 実際、敦将自身もそう思う。紅史とてそう思っているだろう。
 でなければ、生徒会はまともに機能しなかっただろうし、他校とも上手くやっていけなかっただろう。
 半年以上も前に他校の生徒会との集会があった。その日は太陽がギラギラと地上を照らし、湿度も高く、異様に暑くて堪らなかった。
 暑くて息苦しいからと、紅史がシャツの一つ目のボタンを外し、ネクタイを緩めたままで行こうとするのを敦将は止めた。
「もう少しまともな格好をしろ」
「別に大丈夫じゃんか。これくらい」
 紅史は嫌そうに敦将を見やる。
「よくない。他校の生徒会との顔合わせなのに、乱れた姿で行くな」
 敦将は強引に紅史を自分の方に向かせると、ネクタイとシャツを整える。
「初顔合わせなんだ。うちの学校の面子を潰すな」
「チェッ。堅苦しいよな。うちの学校はよ」
 敦将は口を尖らせる紅史の頭を軽く小突く。
「きちんとしていけば、良いことがあるぞ」
「・・・・・・きちんとしていようがいまいが、そんなの関係ねえよ」
 紅史は拗ねたが、その集まりでは敦将の言う通り、良いことがあった。しかも、二人ともにだ。
 紅史は素那と出会い、敦将も恋人、三稜橘花と出会うきっかけの出来事となった。
 この日のことは紅史は感謝しているようで、敦将はどうしようもなくなった時のネタにしている。
「素那さんに愛想を尽かされたくなければ、しっかりとやれ」
 こう言えば、紅史はしゃきっと姿勢を正してやり出すのだから、敦将はいつも心の中で素那に感謝していた。


 バレンタインの前日の生徒会室。この日も紅史と敦将は手際よく書類の処理をしていた。
 明日への執念なのか、紅史の処理速度は昨日よりも更に速い。あっという間に机の上の書類が片づいた。
「今日の仕事は終わり!」
 声を張り上げ、素早く鞄を持って立ち上がる紅史の肩を、
「待て。この仕事もやっていけ」
と、書類の束をばっさばっさと見せる敦将の手が掴む。
 紅史はあからさまに嫌そうな顔をした。
「え〜。まだやらなきゃならないのかよ」
「明日、思う存分デートしたくないなら、これは明日で構わないがな」
 ニヤッと意地悪く敦将が言ってみれば、紅史は素早く反応を示した。
「敦! そういうことは早く言えよ」
 素早く自分の席に戻った紅史に敦将は笑いながら、書類の束を渡した。

 本当に扱いやすくて助かるな。

 敦将が見守る中、紅史は書類に目を落とした。


 ようやく全ての書類が片づけると、二人は生徒会室の鍵を職員室に届け、学校の外へ出る。
 空はすでに夕闇色に染まり、街灯が点き始めていた。
「素那ちゃんとデート〜。バレンタインデート〜」
 紅史は明日のことでうきうきと心が弾んでいるのが丸わかりな様子だ。
 敦将は苦笑する。
「明日は何もしなくて良いが、明後日からはしっかりやってもらうからな」
「野暮なこと言って、水を差すなよ。せっかくの気分が台無しだ」 「言わなきゃ逃げるだろ。お前は」
「へいへい」
 気分悪そうに紅史は鞄の中に手を突っ込み、携帯を取り出した。
 紅史は手際よく電話をかけた。
「素那ちゃん? 俺! 俺! 明日は生徒会の仕事はないからさ、早めに集まろうぜ。――――あっ? 違う違う。サボリじゃないって」
 電話をしながら、ニヤニヤと笑う紅史の表情は、見ている敦将が気色悪いと感じるくらいだ。
 嬉しいのはわからないでもないから、気色悪いなんて思っちゃいけないんだがな。俺も橘花と気兼ねなく過ごせることは嬉しい。

 敦将も後で橘花に電話しようと決めた。
「本当だって。素那ちゃんと過ごせる時間を増やすために俺、頑張ったんだよん。――――ないない。敦をこき使ってないし、困らせてないって。マジだって。そんな嘘はつかねえよ。・・・・・・うん。じゃまた明日な」
 紅史は携帯にキスをして、電話を切った。その様子に敦将はクスクスと笑う。
「こんな気持ち悪いくらいデレデレなお前を見たら、さすがの素那さんもドン引きだろうな」
「んなわけない!ない!」
 紅史はこみ上げる笑いを抑えようとしない敦将をキッと睨みつける。
「・・・・・・よく断言できるな。どこからそんな自信があるのやら」
「愛という名の自信だ」
 ビシッと自信満々に紅史は胸を反らせる。
 敦将は思いっきり呆れた。
「よくもまあ、そんな恥ずかしいこと言えるな」
「愛は恥ずかしいものではなく、尊いものだ。違うか?」
 フフンと紅史は馬鹿にしたような顔をする。
 敦将は気にせず流す。
「確かに尊いさ」
「だろう。俺は尊い愛を素那ちゃんに捧げるぜ。じゃあな」
 紅史は携帯を鞄に放り込み、敦将に背を向けて歩き出した。
 敦将は紅史の姿が見えなくなってから、鞄から携帯を取り出して、橘花に電話した。
 聞き慣れた耳に心地よい声が響くと、敦将の表情が笑みに変わる。
「今、大丈夫か? ・・・・・・そうか。詳しくはまたメールしようと思っているんだが、明日のことだ。生徒会の仕事は明日はないから、そのことで連絡したんだ」
 耳に響く橘花の明るい声は、嬉しさが含まれているのが敦将にはわかった。
 帰宅したら、明日の予定を細かく決めようと思った。
「明日はいつものところで、待っていて欲しい。じゃ、また後で」
 相手が電話を切ってから、敦将も電話を切った。

 今夜は寝るのが遅くなりそうだな。

 苦笑いを浮かべつつ、敦将は携帯を鞄にしまうと、家路についた。

一族現代版・バレンタイン前の紅史さんと親友の敦将さんのお話。バレンタインSSの男子サイドのお話として咲也さんが書いてくれましたv
紅史さんと言うのは、拙宅・百歌家の素那のお婿さんです。
現代編では、紅史さんは男子高の生徒会長で、素那はその 紅史さんの学校と交流のある他校の生徒会の書記兼会計で…なんて言う設定がありました。

紅史さんの素那ちゃん大好きっぷりが、見ててたまりませんv

咲也様、ありがとうございましたv
咲也様のサイトはこちら→碧空明々なり!


…↓は、オマケで。咲也さんのお話を見て思いついた素那サイドの便乗小話です。


耳に残るは

「―――本当に?…まさか、敦将さんに無理言ったり、困らせたりして無いわよね…?―――そう?ならばいいんだけど……じゃ、じゃあ…ええと、また、明日ね」
 電話を切る瞬間に、なんだか紅史にキスされたような気がして、素那は携帯を持ったまま自分の想像に真っ赤になった。それを目ざとく見咎めた月矢羽が、ニヤニヤしながら素那の頬をつつく。
「素那ったら真っ赤!色男に何言われたのよー」
「あ、明日の約束の時間が、ちょっと、早くなったって言う連絡よ」
「本当?『愛してる』とか、『好きだよ』とか、『明日は…君が欲しい』とか、言われてたんじゃないのー」
「言われてないわよ!」
 月矢羽が適当に並べ立てる言葉に、そう言ってる紅史が容易に想像出来てしまって、素那は更に真っ赤になった。まさかとは思うが、月矢羽にデート現場を見られているのではないかとさえ思ってしまう。
「ほら、月。素那をからかってないで、この書類に印鑑」
「んもう、朱。これからいい所だったのにー」
 ブツブツいいながら、月矢羽は双子の弟・朱矢来が持ってきた書類を手に取る。
「それで?素那は明日はバレンタインデートだから、生徒会室には顔出さないって事でいいね?」
「あ、朱……!」
 朱矢来の助け舟にほっとしたのも束の間、今度は当の朱矢来の確認の言葉に素那の頬は再び赤くなった。
「バレンタインデート…なんて、そんな言い方…」
「だってバレンタインはバレンタインじゃないか?」
「そうだけど…」
 わざわざバレンタインなんてつけなくても…と素那はブツブツ呟く。
「ま、俺も明日は鳴さんと約束があるからね。月、明日はよろしくー」
「やーよ、私も明日は休むわよー」
 朱矢来の言葉に、月矢羽はひらひらと手を振る。
「あれ?月、新しい彼氏でも出来たの?」
「い、いないけど……いいの!明日はヒトカラ大会で部屋を独占して、カラオケボックスで隙あらばいちゃつこうとするカップルの妨害をしてやるの!」
「…そんなことやってる暇あったら勉強しようよ…月」
「朱こそ、デートしてる暇あったら勉強しなさいよー」

 異口同音に似たような事を言い合って、双子は笑いあう。
「あー、でもヒトカラつまらないから、朱、あんた鳴ちゃんつれて来なさいよ。おごってあげるから、3人でカラオケしようよー」
「嫌だよ、せっかくのバレンタインなのに、月に鳴さん独占されたくないよ」
「ちぇ…鳴ちゃん可愛いのにー」
「それは、疑いようの無い事実だけどね」
 真顔で即答する朱矢来に、月矢羽は「りあじゅう爆発しろ!」と叫んでデコピンする仕草をしてみせた。


 月矢羽・朱矢来と別れて、一人家路を急ぎながら、素那は紅史が自分を呼ぶ声を思い出す。
 今でも紅史に名前を呼ばれると、心臓の音が一段大きくなるような気がする。
 一年前は、鮮やかな紅緋の髪を高く結い上げた後姿を、遠くから見ていた。見かけるたびに、名前は何て言うんだろう、どんな声をしてるんだろう、どんな性格なんだろう、どんな風に笑うんだろう、なんて、色々想像して。…実際の性格は、想像していたものとはかなり違ったけれども。
 一人家路を急ぎながら、素那はぽつりと呟いた。
「早く、明日にならないかなぁ…」


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