夫婦のあり方

 花絵は気配を殺して歩く。

 実家に戻ってきたというのに、ゆっくりとした時間を過ごすことが出来ないなんて。

 こっそりため息をついた。
 花絵は分社先の天界から、自分が属していた天界へ夫の村雨丸と共に帰ってきた。
 理由は村雨丸を家族に紹介するためである。
 最初こそは父神の爆円の態度に冷や冷やしたものの、村雨丸の人柄に接してからは和やかな雰囲気が流れている。今もまた二人で酒を酌み交わしていた。
 花絵が一通りお酒の準備をし終えた瞬間、春妃や純菜に捕まり、あれやこれやと訊いてきた。

 前の時にも散々訊いてきたのに!

 花絵は額に手を当てる。
 何度も「これ以上話すことなんてないわ」と言っても、「私達にはあるよ」、と二人はにっこり笑って迫ってくる。
 どうしたらそんなに質問したいことが次から次へと出てくるのか、花絵にはさっぱりわからない。
 前回の里帰りとは違い、非常に答えにくい質問が多いのが困る。  花絵は「そろそろお酒の追加をしなきゃならないから」と言って、二人の質問攻めから何とか逃れることが出来た。とはいえ、これは一時凌ぎである。花絵がやるべきことをした頃合いに二人はやって来て、屋敷の外で待ちかまえているに違いない。
 お酒の追加を済ませた後、どうするか悩んだ末に思いついたのが祖父母の住む屋敷だった。
 春妃と純菜は門の外で待っている。二人は花絵が屋敷に立てこもる以外の手段を取るとは考えていないので、裏口から出てもすぐにばれることはないだろう。
 花絵は慎重に裏口から出た。
 二人は今頃、花絵が屋敷にいないことに気づいて、騒いでいるに違いない。そして、思い当たるところはどこかも考えているだろう。
 花絵は二人に見つかる前に最も安全なところへ逃げきらねばならない。
 異様な緊張感に包まれながら、一歩一歩慎重に進んで行くと、気品のある音色が耳に届いた。箏の音色だ。
 祖母である花奏は箏を弾く。愛する祖父のためにだ。
 花絵は祖父母が今、大切な時間を過ごしていることに気づいて、申し訳なく思ったが、他に安全な場所が浮かばないので行くしかなかった。
 花絵が門の前まで来ると、音色が途切れた。玄関先まで歩くと、祖父母が姿を見せた。
 花奏が花絵に向かって微笑んだ。
「いらっしゃい。花絵。そろそろ来る頃だと思っていたわ」
「また質問攻めされていたようだな。大丈夫だったか?」
 主斐は花絵に中に入るように手で促す。
「・・・・・・お二人の大切な時間中に来訪し、申し訳ありません」
 俯きながら、花絵は屋敷の中へと入る。
「謝らなくていいのよ。むしろ私達は花絵が来てくれたことがとても嬉しい」
「そうだ。二人の時間はまだ作れるが、君との時間は作れるのかどうかわからないんだ。いつでも歓迎するよ」
 花奏と主斐は花絵の背を優しく撫でた。
「ありがとうございます」
 二人の優しさに花絵は涙ぐんだ。


 出されたお茶を飲んで、ようやく花絵は人心地をついた。その様子を見た花奏は、顔に手を当てた。
「春妃や純菜には、私の方からしっかり言い聞かせておくわ。全く困った子達ね」
「嬉しいのはわかる。それを記録したいというのも、俺と花奏のことがあるからわからないでもないが・・・・・・それでも限度があるよな」
 主斐は苦笑いを浮かべた。
 花奏と主斐の物語については、桜井一族ならば誰でも知っていることだ。その物語の主人公である本人達は、花絵ほどではないにしろ、いろいろ質問を受けることがあったので、花絵の気持ちを理解してくれていた。
「一番良いのは、あの二人にも良縁に恵まれることね。そうすれば、自分達がどんな事をしているのかよくわかるでしょう」
 花奏は主斐の湯飲みに新しい茶を注ぐ。
 主斐はお茶を一口飲んだ後、頷く。
「だね。それでもわからないようなら、今度はこちらから質問攻めをしてみるといい」
 花奏と主斐の言葉に花絵も表情を和らがせ、「そうですね」と答えた。


 しばらく滞在した花絵は、主斐に送ってもらった。春妃や純菜に出会したときにかばってもらうためだった。
 爆円の屋敷の門前で、花絵は主斐に礼をする。
「送ってくださり、ありがとうございます。安心して帰ることが出来ました」
「当然のことをしたまでだ。――――じゃあ、またな」
 主斐は颯爽と帰っていった。
 花絵は主斐の姿が見えなくなってから、屋敷の中へと入っていった。
 あれからもうだいぶと時間が経っているので、爆円と村雨丸はさすがにお開きにしているだろう。酒量も多かったし、片づけるより、横になっているかもしれない。
「春妃と純菜が諦めるまでという理由で、随分長居をしてしまったけれど、あちらへお伺いして良かったわ」
 廊下を歩きながら、花絵は先刻のことを思い出した。
 花奏と主斐は、理想的な夫婦だ。二人の間に流れる雰囲気は、穏やかで、心地よい。
 花絵も村雨丸とこれからも良き夫婦生活を送りたいと願っている。だから、一度、花奏と主斐がどんなふうに過ごしているのか見てみたいとは思っていた。きっかけが質問攻めから逃げるためというは頂けないが。
 部屋を静かに開けると、爆円は横になって寝ていたが、村雨丸はにっこり笑って座っていた。
「あら、起きてらっしゃったんですね。たくさん飲んでいらしたから、さすがに村雨丸さんでも、横になっていると思っていました」 「寝ようかな、とは思ってたんだが、ほら、あの元気なお二人に捕まっているんじゃないかと思い直して、心配して待っていたんだ」
「そうですか。ありがとうございます。――――それに片づけられたんですね。そこまでなさらなくても良かったのに」
 花絵が卓に視線を移すと、綺麗に片づけられている。
「何もせずただ待っているのはいけないことだからね。それで、どこに行っていたんだい?」
 村雨丸は花絵を差し招く。
 花絵は隣に座って、村雨丸を見た。
「祖父母の元へ行っていたんです。あそこなら、春妃や純菜でも気軽に訪問出来ませんから」
「なるほど・・・・・・」
 花奏に窘められて、しゅんとしていた春妃と純菜の光景を思い出しているのだろう。村雨丸の顔には安堵の表情が浮かんでいる。 「祖母がまた二人に言い聞かせると言ってくださったので、滞在中は大人しくしてくれると思います」
「そっか。それはありがたいね」
 村雨丸は、ぐいっと花絵の頭を引き寄せる。
「村雨丸さん?」
「やっとこちらでも安心して、花絵さんに触れることが出来る」
 村雨丸は花絵の頭に口づける。
「俺は一日一回は、花絵さんに触れてないと駄目なんだ」
「む、村雨丸さん。酔ってる・・・・・・でしょ?」
 村雨丸の言葉に花絵の声が上擦る。
「まさか――――いや、酔ってるか。そう。俺は花絵さんに酔ってる」
 村雨丸は花絵の顔を上げさせる。そして、顔を赤く染めている花絵の耳元で囁いた。
「これからも永遠に君に酔い続けるよ」
 さすがに花絵もこの言葉には声が出ない。呆れてではない。その逆である。
「醒めないでくださいね」
 花絵は高鳴る心臓を抑えて、呟いた。
 村雨丸は頷くと、花絵の唇に軽く口づけ、抱き締めた。
「醒めるつもりなんて・・・ないよ」
 村雨丸の体温を感じながら、花絵は幸せな気分に浸った。


 二人はこれからも、醒めぬ恋を抱き続けるだろう。これが花奏と主斐夫婦とは違う、村雨丸と花絵の夫婦のあり方であった。


咲也様宅・桜井家の花絵(カエ)さんと旦那様の剣村雨丸さんのお話です。そして、桜井家に婿入りした拙宅・百歌家の主斐(オモヒ)とお嫁さんの花奏(カナデ)さんも登場させて下さいました。

花絵さんは、主斐と花奏さんの孫娘に当たります。父神は大隅爆円。
生前、自分の弱さを人に知られるのを何よりも嫌だと思っていた方です。体力が余り高く無かったそうで…それで討伐の時にとても悔しい思いをされたのだそうです。「自分は強いはずだ、強くなければならない」と必死に言い聞かせて懸命に生きていました。
氏神昇天されて、浅井様宅・剣家に分社されて、村雨丸さんと言う素敵な方に見初められて、心から信頼出来る方に出会って幸せになりました。分社された時から密かに応援していた方なので、とても嬉しかったです。
…しかもひっそりと大好きなお家の一族さん同士のカップルと言う…。

祖父母と言うご縁で、咲也さんが、主斐と花奏さん・村雨丸さんと花絵さん夫婦を共演させてくれました。ありがとうございました!
分社先での主斐のお嫁さんとの幸せな様子も、花絵さんの旦那様とのラブラブな様子も拝見できて、初めて見た時はニヨニヨが止まりませんでした^^

素敵なお話をありがとうございました!
咲也様のサイトはこちら→碧空明々なり!
浅井様のサイトはちら→彩雲亭

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