ある晴れた日
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「教授の急用」とか言うことで休講になってしまって、予定がぽっかりと空いてしまった、午後。
家に帰っても姉さんも居ないし、やることないし、姉さんも居ないし、……居ないし!
「…それで?今日お休みだったお姉さんはデートに行ってて、休講になったラッコは暇だった…と?」
蒲公英色の瞳がちょっと呆れたように私を見る。
「う……」
言い訳の言葉も見つからなくて、私は手元のコーヒーカップをクルクル回す。午後3時を少し回った店内は、お茶をしているお客さんで賑わっていた。
思わず電話をかけた明日都君がテスト休みで、甘味巡りに町中まで出てきていたのは、嬉しい誤算だったと言うべきか…。
「だって、姉さん調子悪そうだったのに…」
最近凄く忙しそうで、昨日は特に帰りが遅くて、今日はやっとお休みで、それなのにアイツと約束があるからって…ちょっと青い顔してたのに朝から出て行った。
「『やっとお休み』だから、好きな人と過ごしたいって事でしょ」
注文したパフェの写メを撮りながら、明日都君が言う。この時期限定で数量限定の秋の味覚のナントカスペシャルパフェだとかなんとか。撮った写真を確認して頷いて、明日都君は「いただきます」と礼儀正しく手を合わせて美味しそうにパフェを食べ始めた。
「…姉さん大丈夫かな…」
帰って来て更に調子悪そうだったらどうしようとか、それよりも外出先で倒れてないかとか、いつも無理するんだから…とか、ブツブツ言いながらコーヒーを啜る。それもこれも、姉さんの休みにデートしようなんて姉さんを誘い出すアイツが悪い。絶対悪い。悪いったら悪い。
「はい、ラッコ。あーん」
明日都君が自分のパフェをすくって差し出すので、ぱくりと口に入れる。クリームのほのかな甘みとフルーツの酸味が口の中に広がる。
「………おいしい」
甘い物はそんなに好きじゃないけど、明日都君が見つけて来るスウィーツは程よい甘さで、ちょっと、好きだ。
「でしょ?」
沈んだ気持ちの時に、甘い物はいいんだよーなんて言いながら、明日都君は美味しそうにパフェを食べる。そんな明日都君の様子を見ていたら、ちょっと幸せな気分になった。癒されるなぁ。怒ると怖いけど。
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結局、予定していた映画も、ショッピングも、ランチも、全部キャンセルになってしまった。
会った途端に「顔色が悪い!」と、有無を言わさずカネの部屋に連れていかれて、「少し休みなさい」と、抵抗する間も無くベッドに寝かしつけられた。大丈夫だから…と起き上がろうとすると、カネが普段見せないような怖い顔をするので、仕方なくしばらく寝て。起きた後は、部屋で他愛の無い話をして一日過ごした。せっかく一緒のお休みだったのに。カネが「やりたい」って言ってた事いっぱいしたかったのに。
お昼を食べ損ねたから、お夕飯は早めに食べようと言う話になって、二人で近所のスーパーに買い物に行った。せめて荷物は持つと言ったのに、結局持たせてもらえなくて、しょんぼりしていたら、
「じゃあ代わりに、手、繋いでもいい?」
って聞かれて、私の返事を聞く前に手を握って来た。…手を繋ぐのは、荷物を全部持ってもらう代わりにはならないよ、って言おうとしたら、
「手を繋いで、二人でお夕飯のお買い物って、なんだか新婚さんみたいねー」
と、嬉しそうに笑うから、何も言えなくなってしまった。
帰り際、泊って行ってもいいのにと言われて、休ませてもらって、お夕飯もご馳走になって、これ以上迷惑かけるわけには…と、慌てて首を振ったら苦笑された。
「うーん…そう言う意味じゃ、なくってね」
「………?」
しばらく考えて、言われた「意味」に気付いて思考が停止する。
「あああああ…の…………」
顔に火がついたように熱くなる。
言われた通りに言葉を受けとってしまうのは、私の悪い癖だ。
「い、妹が、今日は、早めに帰るって言ってたし…」
苦し紛れの私の言い訳に、それなら仕方ないわねって言うから、何だか申し訳なくなって、
「い…イチャイチャ、できなくて、ごめんね…」
と、謝ったら、何故かカネは大笑いした。
「…そうねー。今度は今日の分も一杯、色々、イチャイチャしましょうね」
言って、普段あまり見ない類の笑顔で楽しそうに言うので、もしかして、もしかしなくても、何か間違った事を言ってしまったような気がする。
「お家に帰ったら、ちゃんとお風呂に入って、暖かくして寝るのよ?」
暖かい手が私の頭を、髪を、頬を優しく撫でる。
「…カネも、暖かくして寝てね」
さよならする時は、いつも名残惜しい。もっと沢山一緒に居られたらいいのに、なんて我侭が、ふと口をついて出そうになるので、慌てて俯いた。
「おやすみ、えっちゃん」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、カネはいつもの調子で私の髪を撫でて、額にキスしてくれた。
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帰宅してしばらくしたら、姉さんが帰って来た。
「姉さん、夕ご飯は?」
一応聞いてみる。
「ごめん!お夕飯、カネと食べてきちゃった…」
予想していた返事だけど、やっぱりちょっとガッカリする。
「…いいけど」
返事しながら、姉さんの顔を見る。顔色が朝と比べて随分と良くなっていたので、ちょっと安心した。そういう点ではアイツに感謝する。…一日中姉さんを独り占めしていた事は許しがたいけど。
「あの、でも、お土産に肉マン買ってきたから、一緒に食べよう?」
「うん。ありがとう姉さん」
慌てた様子で、近所のコンビニの袋を取り出す姉さんの様子が可愛くて、ぎゅっと抱きしめると、嬉しそうに姉さんが笑った。
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帰宅すると、楽子が先に帰っていた。
「姉さん、夕ご飯は?」
「ごめん!お夕飯、カネと食べてきちゃった…」
私の返事を聞いて、楽子がガッカリした表情をする。もしかしたら、私を待っててくれたのかもしれない。連絡入れればよかったと後悔する。
「…いいけど」
言いながら楽子は何故か私の顔をじっと見て、何かに納得したように二度頷く。
「あの、でも、お土産に肉マン買ってきたから、一緒に食べよう?」
さっき寄ったコンビニで、買ってきたことを思い出して、袋を慌てて取り出す。
「うん。ありがとう姉さん」
楽子は嬉しそうに抱きついてきた。仄かに甘い香りがする。今日は明日都さんに連れられて、お菓子屋さん巡りでもしてたのかな、と思うと何だか嬉しくなった。
20120905
内親王家の悦子・楽子姉妹の小話。
現代編では、悦子は獣医師の卵で、楽子は医大の一回生です。姉妹で二人暮らし。…と、言うか楽子が「姉さんと一緒に暮らしたいから、姉さんが住んでる所に近い大学がいい!」って学部はどれでもいいからと受験して合格して押しかけました…(苦笑)
楽子は甘い物食べない(苦手)な子ですが、一口くらいならば食べられます。一口以上は無理ですが(頭痛がするらしい)。だから、悦子のお土産は、ケーキとかではなくて肉まんなのです。
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