「いい夫婦」
「…えーと……」
どういう反応を返していいのか分からずに、俊子は淡いピンク色の紙を手に黙り込んでしまった。
出るついでに用事を済ませようと早めに家を出たら、思ったよりも早く用事が片付いてしまい、妙な空き時間が出来てしまった。まだ早いとは思いながらも俊子は待ち合わせ場所までやって来たが、当然、相手の姿は無い。辺りを見回して目についたゲームセンターに、ふらりと入ってみる。
高校時代によく撮っていたプリクラの機械が、随分と新しくなって、最近は色々な機能がついているのねーなんて妙な関心をしていたら、ふと、そのプリクラコーナーの横に置いてある古い占い機に目が留まった。
「わ…まだ、こんな占い機があるんだー」
占い機の画面に指を乗せると、ドットで描かれたハートマークがぎこちなく動いて「100円を入れて下さい」という白い文字が点滅する。
時計を見ると約束の時間まであと20分。ゲームセンターの窓から見える待ち合わせ場所には、まだ待ち人の姿は無い。
「うーん……まだ時間はあるわね…」
俊子は少し考えたが、結局、画面横のコイン投入口に100円玉を入れた。
説明画面を見流して、名前を入力して、診断結果が出てくるのを待つこと1分。
小さな淡いピンク色の紙に、カクカクした文字で印刷された診断結果の最後には、
――燈弥さんと俊子は、すでにいい夫婦です。
そう書かれていた。
「…そりゃあね?そうなったらいいなーとは、思うけど…」
そういうのは、まだずっと先の話だし…と、俊子が診断結果の紙を睨みながらブツブツ言っていると、後ろからすいとその紙を取る手があった。
「…”燈弥さんと俊子は、すでにいい夫婦です”?」
聞きなれた、耳に心地よい声。
「と…っ、燈弥?どうしてここに?!」
慌てて俊子が振り返ると、「通りから俊子の姿が見えたから」と、燈弥は苦笑しながら返事をして、再び手にした紙に目をやった。
「いい夫婦?」
「う…。こういう占い機、懐かしいなって思って…」
仄かに頬を染めて俊子は燈弥の手から、ピンク色の紙を取り戻す。一瞬迷って、結局、半分に畳んでバッグのポケットに紙をしまった。
「あの、でも、ただの、占いだから…」
「うん。でもいい結果だね」
嬉しそうな緋色の瞳が、俊子を見る。
見つめられて俊子は更に赤くなった。
「ええと…嫌とかダメとかじゃなくてね?…まだ、その…色々、準備とか心構えとか……」
「うん」
「だから、その、いつか、一緒になったら――」
そっと燈弥の服の裾を掴んで、俊子は顔を上げる。
「…幸せにするからね?」
小さく俊子がささやくと、燈弥は笑いながら頷いて、俊子を抱き寄せた。
*******
「ふ、ふ…夫婦、って!まだ結婚だってしてないのに!」
ゆでダコのように真っ赤になった淳子は、占い機に向かって声を張り上げた。
ゲームセンターの片隅に置かれた、よくある相性占い機。名前を入れると二人の未来を占いますなんて、的中率100%なんて、そんなあおり文句の看板もどことなく色あせて、所々が剥がれ落ちていて、より一層胡散臭さを漂わせている。
それに最初に気付いたのは、淳子の方だった。格闘ゲームに夢中になってる徳川の横で、所在無げに辺りを見回した時、ふと目に入ったのがこの古びた占い機だった。
「『的中率100%』?そんなの、ありえないわ!」
占い機の前で、ブツブツと文句を言いながら看板を見ていた淳子だが、彼女自身は占いの類を一切信じていない訳ではない。むしろデートの時には、テレビの占いコーナーのラッキーカラーを見て、着る服の色を決めていたりする。実の所、今日は「彼氏との仲が進展するかも!」なんて言われてて、ソワソワしながらいつもよりも念入りに支度をして出てきて、いつもと変わらない徳川の調子にちょっとがっかりしていた。…つまりは、八つ当たりである。
ゲームを終えた徳川が、淳子の後ろから占い機を覗き込み、面白そうだからやってみようと、あっという間に名前を入れて出た診断結果が、これである。
――徳川さんと淳子は、いい夫婦になれます。
「だ、だからこういう占い機は、アテにならないのよ!夫婦なんて――!」
そんな怒った様子の淳子を不思議そうに見ながら、徳川は、
「えー、じゃあ明日、結婚していい夫婦になる?」
ニコニコと笑いながら、明日の予定を話すような調子で訊ねた。
「けっ……?!…そ、そ、そうゆう大事な事を!そんな!あっさりと!言うものじゃないでしょ!」
「そう?」
怒る淳子を気にも留めず、徳川は診断結果の紙を淳子の手から取る。
「だって、俺、いつも考えてるよ?」
「な、何をよ」
「淳子と一緒に暮らしたら、楽しいだろうなーって」
「…………っ!」
徳川の言葉に更に真っ赤になる淳子。
「俺は淳子とならいつでもいいよ?」
役所に婚姻届出して、結婚式して、一緒に暮らせばいいんだよねー。
嬉しそうに言う徳川に、淳子はもう何も言えなくなる。
「…あ、そっか」
大事なことを思い出したように、徳川が淳子の顔をじっと見つめた。
「な、な、何よ…」
「まずは指輪、買いに行かないとな!」
「ゆ、ゆびわ…」
もはや、赤くなり過ぎて、淳子の頭からは蒸気が出そうな勢いである。しかし、
「…あ、でもその前に腹減ったな。何食べよっか?」
あっさりと話題を変えてファーストフードの店の方を見始めた徳川に、ガクリ、と淳子は肩を落とした。
「や、やっぱり、占いなんて…!」
*******
――ちーちゃんとテコは、すでにいい夫婦です。
淡いピンク色の紙にプリントされた診断結果を、是子は満足そうに二度三度と見返して、
「ね、ちーちゃん、『すでにいい夫婦』だって!」
満面の笑みで、土山に差し出した。
ゲームセンターの片隅に置いてある、名前を入力するだけで相性を占ってくれる年代物の占い機。名前だけで二人の何が分かるのかと言うとそれまでだが、撤去されずに置いてあると言うことは、自分達のようにこの古い占い機に名前を入れるカップルが居るからだろう。
綺麗にマニキュアが塗られた形のいい指先が、その小さなピンクの紙を受け取る。
「そっか。テコと俺は、やっぱり相性最高ってことだね」
土山はにっこりと笑って是子の頭を撫で、その額にそっとキスを落とした。
「うん!」
くすぐったそうに笑いながら、是子は元気良く返事をする。そして、返された小さなピンク色の紙を大事そうに折りたたんで、定期入れの中にしまった。是子の定期入れには、そういう占い結果の紙が何枚も挟まっている。
「でも『いい夫婦』って何をすればいいのかなぁ…?」
「んー…」
是子の問いに、土山も首を傾げる。耳に下げたピアスが揺れてキラキラと光る。
「『すでに』いい夫婦、だから、つまり、今まで通りでいいんじゃないかな?」
土山の言葉に、是子はぱっと顔を輝かせた。
「そっか!今まで通りラブラブしてたら、いい夫婦なのね!」
「うん」
「じゃあ、ちーちゃんと私は、ずっといい夫婦だねー」
是子が嬉しそうに土山の手をぎゅうと握ると、土山も優しく握り返してきた。
今日も平和である。
20121126
いい夫婦になったーの結果より。あまり結果に幅が無いのですが、ふと思いついたので、内親王家の三人娘、俊子・淳子・是子の小話です。
夫婦と言うよりもお付き合い中と言う感じで。
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